無限サイクルの始まり
新年早々、精密検査ー入院ー塞栓術と肝臓がんの悪夢のサイクルが始まった?。本日、大学病院でがんが再発しているかどうかを調べるMRIによる精密検査を受けてきた。昨年末以来、腫瘍マーカーの数値が基準値をかなり上回り、これまでのケースでは入院、塞栓術を繰り返す可能性が強い。この年になると、正月と言っても特段のことはなく、おめでたい気持ちもない。MRI装置の狭い筒の中で「○○ちゃん(孫娘の名前)、じいちゃんを助けて、入院なんかしたくない!」と胸の内で祈り続けた。苦しいときの神頼み、ならぬ孫頼みだ。
66歳でも「長生きし過ぎた」と達観しているつもりでも、やはり本能的に生にこだわっているのだろうか。検査の結果は5日後に主治医から告げられるが、それまで憂うつな時間になる。だが、「ちょっと待てよ」と自宅へ戻る電車の中で思い出した。その前に、結婚する二男のため、上野のレストランで行われる結納式に新郎側の父親として臨み、口上を述べなければならないではないか。末っ子だった可愛い二男の晴れ姿を見るための儀式に、「がんだから」などと言い訳はできない。やはり、人生はおめでたいし、「生きてりゃいいさ」を実感している。
思えば8年前に長男が結婚式を挙げたとき、私は最初のがんで大学病院に入院中だった。その前の年、長男は大学を出てビジネス・リゾートホテルを全国展開する会社に就職して沖縄・石垣島に赴任し、知り合った女性と結婚したのだが、2人が結婚を決意したころ、私は重い肝硬変から危機を脱したばかりだった。それでも新婦の両親にあいさつしようと、今度、結納を迎える二男にサポートされ、石垣島を訪れた。
結婚式は東京・市ヶ谷の式場で行われ、私はごく一部の人しか入院中であることを知らせず、大学病院から「外出扱い」で出席した。さすがに顔色が悪いのに私の姉が気付き、そっと打ち明けたものの、ほとんどの親族に内緒のまま新郎の父親としての役割を果たし、くたびれ果てて病院に戻った。
二男の結納には普通に出席できそうだが、6月に予定される結婚式に父親として臨むことができるだろうか。二男が結婚する相手は、9年前に私と一緒に石垣島に行った際、二男が夜を徹して携帯電話で恋を語り合っていた女性だ。その会話が気になって、私はホテルでろくに眠れなかった。また、私が「じいちゃんを助けて」と心で叫んだ孫娘は、長男夫婦の間に生まれた子で、この春、那覇市の小学校に入学する。これも、おめでたいことだ。
肝臓がん治療の不毛のサイクルが無限に続いても、私の身の周りには幸せの種子がいっぱい巻かれている。まだ独身の長女が気がかりだが、二男の結納、結婚式、孫娘の小学校入学、そして長女の婚活にまだまだ頑張らなくてはならない。まだ、くたばれない。(写真:映画「第三の男」に出てくるウィーン・プラター公園の大観覧車。観覧車の最も高い地点からは、ウィーンの市街地が遠くまで見渡せる)
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